危険な誘惑

141006

最近、NHKの日曜美術館を録画し、ひとりの時間にみるのがささやかな楽しみになっている。昨日はヨコハマトリエンナーレの特集だった。セルフポートレイトで有名な森村泰昌氏がガイド役で登場し、中高生を相手にイベントを紹介するスタイルで番組が進んだ。

巨大なガラスのゴミ箱に、アート作品を「せーのっ」と捨てていく「ART BIN」(by Michael Landy)、コンクリートで出来た空間に来場者が入って行き場のない非現実的時空を体験する「GERMAN ANGST」(by Gregor Schneider)などの体験型作品に、素朴な若者たちがみずみずしい反応をするのが良かった。

日曜美術館だけでなく、展覧会場でも「ああ、ずっとこの時間に浸っていたい」と思う自分がいる。

7月にやっていた画家のデュフィのときや、8月の宮芳平のときもそうだった。大島さんの写真展でもバルテュス展でもそうだった。作家の紡ぎ出す世界にたたずんでいられるのは、なんと贅沢で気持ちのよいことだろう、と。

理由を考えたのだけれど、芸術からは嘘を感じないからだと思った。作家が孤独な作業から産み出した作品にふれることは、人の生い立ち、内奥にある感情、そして命、魂にまで近付けることだ。それに癒やされる自分がいる。

才能ある人の美意識から結実した美にふれられる歓び。「醜」を扱った作家もいるだろうが、それもまた美意識のあらわれだと思う。美と共にいて何も悪いことはない。たとえ好みに合わなくても問題にはならない。

一方で、ビジネスシーンやお金の匂いのする場所に対して興味を失ってしまった。それはそれで問題だと思うし、働くことは大事だし、ただ安易に趣味の世界に浸ることは良くないな、という意識も(それなりに)持っている。

でもやっぱりアートは素敵。ハマると際限がない性分なので、肥沃な大地に足を踏み入れたが最後、願わくばずっと魅惑的な時空のなかに滞在していたい。危険な誘惑にかられるこの頃。秋は愉しみが多すぎて、困る。

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