8月の狂騒曲

140804

和太鼓が鳴り響く音と雨粒がトタン屋根を叩く音とが入り混じったような、轟音ともいえる蝉の声がビルの間から聞こえてくる。一体どれだけの個体が街路樹にへばりついているのだろう。

ひと夏限りの命を燃やし尽くすため、というような感慨や感傷をこちらに抱かせないほど大きなノイズが、閉め切ったマンションの窓から入ってくる。夏だ。8月だ。

朝、元夫が家にやってきた。暑がりの彼のために30分ほど前から部屋はエアコンで冷やしておいた。

「しなもんのお骨って、どこにある?」

おもむろに室内を見回してから彼はそう言って、昨年死んだ飼い犬のお骨と写真のあるスペースで手を合わせた。

テーブルについた彼に、アイスコーヒーとリンゴジュースとオレンジジュース、どれにする?とたずねたら、予想どおりリンゴジュースを選んだ。

「そういや株主あての手紙に会長職が新設される、と書いてあったね」

「そうそう、そのことを伝えようと思って、ここに来てん。8月から会長になりました。だから前会長のしなもんにも報告しようと思って」

「きっとそうだと思った」

前日、話があるから家を訪れてもいいか、とメッセージが届いた。別れる前にもこうした連絡は幾度もあり、その度に心臓がズキッとした。けれども今回は、それなりに予測できたので、うろたえることはなかった。

色々と熟考した結果の決断だったようだ。静かにリンゴジュースを飲む彼の瞳は、数ヶ月前よりも冴え冴えとして見えた。これまでにも何度か、大きな決断をしたときに同じ目を見てきた。

「桃、どうぞ」

「やった。いただきます」

たまたま冷蔵庫にあった桃をふるまった。

夏の朝食には、いつも桃を剥いて出していた。何かのインタビューで「世界一好きな食べ物は?」と質問されて、すかさず「桃です」と答えてインタビュアーを感心させていた。変わらず好物のようだ。

一緒に暮らした14年間、一体、幾つの桃を剥いただろう。

会長になることを決断した経緯について、また、これからの抱負について、桃をほおばりながら話してくれた。全部で30分ぐらいだっただろうか。

「がんばってね」

と玄関で声をかけたら、清々しさと少しの厳しさをたたえた笑みを返して、去って行った。

そういえば、今日はこれまでになく上手く桃が剥けた。

御池通の方から聞こえてくる蝉のノイズは、まだまだ激しい。

夏はこれからだ。

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