不思議な感覚

140710

たとえば病気。たとえば感情。

原因がわかることって扱いやすい。

風邪をひいたのは寝冷えをしたからだとか、落ち込んでいるのは仕事がうまくいかないからだとか、ウキウキするのはもうすぐ意中の人と逢えるからだとか。

こういうのって、対処法もそれなりに出てくるし、ラクなものです。

でもたまに、それがなんの原因なのかわからないことがあります。

たとえば今日の気分です。

不思議なことに、妙に幸せな感覚に包まれているのです。

世界から愛されているようで、

ひとりでに笑みがこぼれてくる感じで、

なにか特別な良いもので充たされているような感じなのです。

でもそれがなぜなのか特に思い当たらない。

体調もそれほど良いわけでなく(ちょっと二日酔い)、日常でもとりたてて大きな変化はない(台風が気になるぐらい)…。

でもなぜか、心地よい成分が心の底のから微炭酸の泡と共にしゅわしゅわとわき上がってくるような、そんな幸せな感覚をおぼえています。

予感でしょうか?

それとも単なる勘違いでしょうか?

まったく私には分からないところで化学反応が起こって、私の心の状態を変えているのでしょうか?

不思議、不思議。

ただ、よくよく考えると、心当たりが少なからずありました。

昨日はいつにも増して、色んな人とあたたかいやりとりを重ねました。

親友から封書の手紙が届いて、丁寧に返事をしたためたり。

原稿を提出して、編集の方から賛辞とねぎらいと共感の言葉をいただいたり。

初めて誘われた方とランチをご一緒して、意外な共通点をたくさん発見して喜び合って次に逢う日を約束したり。

仕事で窮地に立った友達の子どもを二人預かって、夜遅くに戻って来た彼女にご飯とビールをふるまって感激してもらったり。

新しい仕事のことでメールをいただいたり。

そんな小さな人とのやりとりの重なりが作用しているのかもしれません。

あとは、ちょっとした良いこともいくつかありました。

夏にそなえて注文した”よしず”が届いて、ベランダが夏の風景になったり。

父から送られた夏野菜(モロッコいんげん、とうもろこし、トマト、きゅうり…)をふんだんに使った料理が美味しくできたり。

朝から玄関と廊下と部屋のフローリングを丁寧に掃き掃除して、裸足で歩くと気持ちよくなったり。

息子とささやかな会話を楽しみ、保育園でぎゅっとハグして別れたり。

そんな出来事の重なりも関係しているのかもしれません。

もしそれが私の今日の不思議な感覚の源なのだとしたら、

幸福というものは、とても小さく、現実的で、ささやかなことの積み重ねによって獲得できるのかもしれません。

それが本当だとしたら、ちょっと嬉しい発見です。

実際、昨日も落ち込んだ時間だってありました。

心にひっかかっていることがあって、そんなことを考えていると先の見通しまで暗くなり、憂鬱になりました。

畳に転がって、天井をみつめて、動けなくなった昼さがり。

でもなんとか立ち上がることができました。

負の感情を受けとめ、掌であたためつつも、やるべきことは最低限やれた、それが良かったようです。

突き詰めれば、私を放っておかず、求めてくれて、関わってくれる人がいるおかげです。

うん、だんだん実感してきました。

そのようなわけで、

今日の私は、良い感じなのです。

今年もよい夏になりますように。

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