かなしみの森

140617

私にとって かなしみ は 特別な存在だ。
時折、かなしみ が心を膜のようにおおう。
そのとき私は、ちっぽけ で はかない 存在になる。
この世で 本当の ひとり になる。
かなしみ と 孤独。
そのふたつが 白い霞 のように心にみちる。
かなしみと孤独の森 で、
私はいちばん 静かで つつましく やさしい 生き物 になる。
失ったもの。
手に入らなかったもの。
遠い人。
遠い街。
時間。
風景。
空気。
すべて かなしみと孤独の森 に存在する。
時折、この森をおとずれる。
この森があるかぎり、
私のなかの 詩人 と さまよい人 は生き続ける。

 
* * * * *
 

昨年、人生で最も大きい転機を迎え、春までに大きな環境の変化が私を襲いました。

そのなかで、意図的に(あるいは時々は無意識に)、できるだけ孤独になることを避けて過ごしてきました。

人との時間を大切にし、人からの誘いにはほぼ全て応じ、関係の濃い友人から薄い知人に至るまで、多くの人たちと関わりながら暮らしてきました。

人のなかにいる私は、陽気でした。言葉をたくさん発し、いつも笑っていました。

何の弾みか、最近になって、急に一人の時間を意図的に(あるいは時々は無意識に)選ぶようになりました。

一人の時間は、孤独な時間です。そのとき、私は自分の存在をとてもミニマルで静かでかけがえのないものに感じます。

寂しさや恐れもつきまといます。おそらく人と一緒にいようとしていた時期は、そんな寂しさ、恐れを再び自分に迎え入れるのが嫌だったのでしょう。

でも、時を経て、今、また本来私が愛していた孤独な時間がいとおしく感じられるようになってきました。

不思議な感覚ですが、かなしみという言葉もそこにはしっくりくるのです。

何か特別な悲しい出来事があるわけではないけれど、一人の私の心には、かなしみが充満します。それがまた、私をほっとさせるのです。

孤独は私にやすらぎを与え、かなしみは私を癒やす。

それはとても美しい時間で、私にとっては特別な時間です。死に少し近い、そんなことも感じます。

冒頭のことばたちは、そんな思いを綴ったものです。

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