写真展 緑の触覚

140608

現代アートとは無縁だった。

美大や芸大の友人は皆無だったし、長い歳月で淘汰されて残った古き美が良いものだと思っていた。この世にいない大家と呼ばれる人々の産んだ芸術こそが鑑賞すべきものだと思っていた。

けれども最近、ひょんなことでひとりの作家と出逢う機会があったので、東京でおこなわれている展覧会に足を運んでみた。

「大島成己 haptic green / 緑の触覚」写真集出版記念展

” haptic “は「触覚の」「触覚を喜ばせる」といった意味があるそうだ。

会場は、世田谷・三宿交差点近くのCafe Art Restaurant SUNDAY。

明るいカフェを通り抜けると、アートスペースがあり、大きなパネルが飾られていた。

足を踏み入れて作品の前に立つと、葉々の揺らぎや煌めきが様々な部分から浮き上がってくる。平面なのに平面じゃない感じ。かといって3Dでもない。写真のサイズが大きいという理由だけでもなく、妙に不思議な感覚に包まれる。

写真集の解説を読んでみたら、作品たちはこれまで聞いたことがなかった職人的な手法で作り上げられたものだった。

ワンショットで撮られた写真ではなく、ひとつの風景に対してカメラの位置を僅かにずらしながらフォーカス等を変えて幾枚も撮影し、200以上に及んだカットをデジタル処理で一枚の作品に再構成したという。

具体的にどんな行程なのか、素人の私には想像できない。おそらくコンピュータを前に地道な作業が続いたのだろう。その前に撮影自体が大変だったことだろう。

ところで私はエンジニアの父を持ったためか、職人の仕事が好きだ。

IT企業に勤めていたときも、エンジニアが画面に向かって開発に没頭するのを眺めているのが好きだった。つい先日、家を改装したときも、大工がコツコツと木材に向かって工具を動かす姿を見るために頻繁に現場に通った。

なので、これらの一見するとスマートで瑞々しい作品たちが、実はここに飾られる前に、ひとりの人間によってコツコツと幾段階ものプロセスを重ねて作り上げられたと思うと、妙に親近感をおぼえ、ワクワクした。願わくばその作業を見てみたいと思った。

作品そのものからは、技巧的なところは全く感じられない。解説には、写真のメカニズムを過剰に使用することでむしろメカニズムを無化する、という風に書かれていた。

丹念に技巧が施された伝統工芸品が、まるで自然そのままの産物のように見えるのと同様なのだろうか。

ちなみに作家その人は、とても気さくで関西弁を早口に喋る面白い方。作り手が「いま、生きている」ということも現代アートの良さなのかもしれない。

アートスペースで鑑賞したあとは、明るいカフェでランチも愉しんだ。

*  *  *

東京での展覧会は6/29までやっています。

また、大阪でも6/7から始まったそうで、城東区のギャラリーノマルで6/14まで開催されているそうです。京都でも6/21から始まる予定。

展覧会情報【東京】
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