甘夏の味

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甘夏みかんの酸っぱい香りがオフィスに広がった。

灰色の空を見上げながらPCに向かっていたら、無性に柑橘類が食べたくなって、昼休みにスーパーに向かった。

鴨川の手前の交差点でK先生が自転車と共に立っていた。探偵がかぶるようなダークグレーの帽子姿と、DAHONという台湾の小径ホイール自転車の組み合わせがお洒落だ。ベルリンやチューリヒなどヨーロッパに頻繁に通うK先生は、陽光よりも曇り空のほうが似合う。「自転車の調子が悪くてね、今からショップで直してもらいに行こうと思って」と、にやっと笑って走って行った。

川端通りを南下する途中、隣の事務室のミキティさんがコンビニの袋をぶらさげてこちらに向かってきた。黒い七分袖のシャツにブルーとグリーンの華やかな模様のロングスカートがヒラヒラしている。すれ違う瞬間に「クジャクみたいやね」と声をかけたら、「踊りましょうか〜ウフフ」と笑って去って行った。20代の頃は劇団女優として舞台に立っていたミキティさんは、いつも華やかなオーラを放っている。

丸太町橋を西に渡って、河原町通りにほど近い小さなオーガニックのスーパーに入ったら、店員さんが甘夏みかんを袋詰めしていた。表面がでこぼこで、いびつな形をした、いかにも無農薬有機栽培らしい甘夏。これこれ!とほくそ笑んで2個入りの袋を手にしてレジでお金を払った。

再び丸太町橋に戻ったら、鴨川べりのオープンカフェでS先生がくつろいでいた。アメリカからまた来日したようだ。あまりにも国際出張が多いので、女子スタッフからは密かに「世界の○○(S先生の名前)」と呼ばれている。先生のパスポートには、数えきれないほどの通関のスタンプが押されていて、航空代金を清算するためにコピーを取る係のワカコさんがいつも「今回の出張のスタンプを探し出すのが大変なのよ〜!なんで順番に押してくれないの〜!」と通関職員に対して不平不満を言っている。

外国人研究者と気持ち良さそうに談笑しているS先生のためにもこのまま雨が降らなければ良いな、と思いながら橋を東に渡った。

K先生とさっき出会った交差点に、今度は買い出しから戻ったとみーちゃんが立っていた。今日のお昼は色んな関係者に会う。

「K先生とミキティさんとS先生に遭遇したわ」と話したら、
「こんどうさんはいつも誰かに出会いますよねえ。そういう星のもとに生まれたんですかねえ」と、不思議そうにしていた。

オフィスに戻って、甘夏をビニール袋から取り出した。手にしただけで口の中に唾液が充満してきた。プチナイフで上部をそぎ落として切り込みを入れ、爪を立てて分厚い皮をむいた。甘酸っぱい香りがぱあーっと部屋中に拡散した。香りに色がついていたなら、さぞや部屋中が黄色くなったことだろう。

一房ちぎって、へりの部分を噛み切って、ぺろりと皮を剥いて、つやつや光る実にかぶりついた。プチプチとした実がはじけて、口いっぱいに酸っぱい汁があふれた。

ああ、これが食べたかったんだ。この酸っぱい香り、ずっと昔から知っていた。母の香りだ。

子どもの頃、甘夏やはっさくなど酸っぱい柑橘類が大好きだった母は、いつもこの季節になると大量に買ってきては、テーブルでぱくついていた。

今日の私と同じ手順で皮をむき、向かいに座る私に房をさしだしては「ほら、れいこも。ビタミン豊富よ!」と食べさせようとする。酸っぱい果物が苦手な私は(子どもなら多くがそうだろう)、「いらない。美味しくない」とつっぱねた。すると、どうしても食べさせたいのか、皮をむいた実に砂糖つぼのグラニュー糖をたっぷりまぶして「ほら、こうしたら甘くて美味しいよ」と押しつけてくる。

仕方がないので一房食べると、満足そうに再びせっせと皮をむいてぱくぱくと食べる。「ああ、体が洗われた気分」と決まり文句を言う。30年以上前だけど、しっかりと記憶しているあの光景が、リアルに蘇ってくる。

オフィスで甘夏を食べる私は、あの頃の母と同じか、もしくはそれよりも上の年齢に達してしまった。そして70歳を目前とする母は、来月、加齢による深刻な目の病を治すために手術を受けることが決まり、大阪南部の大学病院に入院する。

甘夏みかんの甘酸っぱさは普遍的だけど、母と私の人生の時間は確実に経過している。

グラニュー糖をたっぷりまぶした甘夏の味が懐かしい。戻ることはできない、あの風景。

来月、母が入院したら、お見舞いには甘夏をたくさん持っていこう。息子も連れて行って、三世代で甘夏をむいて食べよう。

病室にグラニュー糖があったら、たっぷりまぶして息子に食べさせよう。きっと病室は甘酸っぱい香りに包まれることだろう。

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