ファイナル・ワード

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「愛」という言葉を使うとすべてが終わってしまうんですね。ぼくは、「出会い」とか「愛」とか「やさしさ」とか「実存」とか、そういう言葉をファイナル・ワードだと言っているんですが、ファイナル・ワードはなるべく使わないでおきたい。そういう言葉を使うと、心理学者としては負けじゃないかという気さえするんです。

 

こう話したのは、河合隼雄さん。谷川俊太郎さんとの対談本、『魂にメスはいらない』に収録されていました。

谷川俊太郎さんも詩作の際に同じようなことを考える、と言っていました。

文章表現においては、たしかに直球すぎるこれらの言葉を使うことを避けるのは分かるのだけど、河合さんのお話の意図については、まだ自分で真の理解にまで至っていません。

ウェブでそれに関したことが書かれていました。心理療法ではこれらの言葉の意味が分からなくて苦しんでいる人を相手にしているのだから使わない、ということだそう。「愛が足りないんですね」「やさしいお母さんだったんですね」そんな風には使わない、ということなのでしょうか。

考えてみれば、私は愛とかやさしさとか出会いとか、頻繁と言っていいほど、色々な場面で使っています。

なぜかといえば、おそらく私がそれらを「切実に」求めており、また、人に与えることが苦手だからなのだと思います。だから、おまじない的にファイナル・ワードを使っているのでしょう。

一度、ファイナル・ワードを安易に使わないで思考する自分になる、というのを試してみるのも良いかもしれません。

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