生まれる前から生きている

写真 (3)

果てしなく青い空と新緑の美しさ。御池通の車道すら、まるで高原の風景のようでした。

昨日、胎内記憶についての映画の打ち合わせをした影響で、人が生きること、死ぬことについてあれこれと思いを巡らせています。

つい先日、勤務先のこころの未来研究センターでおこなわれた研究会でも同じようなテーマの発表がおこなわれていました。府立医大の哲学者、棚次正和先生は「心身問題と魂の死後存続」というテーマで発表され、現代社会が人間を「体と心(意識)」、あるいは「体のみ」という一元的ないしは二元的にしか扱っていないことに問題提起をされました。棚次先生は、人は「霊・心・身」の三つで成り立っており、最も広くカバーしているのが霊ないしは魂の部分であり、そこでは他のものとつながっており、また死ぬことはない、という論をフランスの哲学者、ベルクソンの思想などを紐解きながら展開されました。それは古くから連綿と語り継がれている思想であり、現代の自然科学第一主義の世の中で失われてしまったけれども重要な事柄だ、ということでした。

棚次先生は、研究会のあとにこのようなことをコメントされていました。「人は死ぬけれども、(意識と微細身は)死なない。こういう認識を常識とすべき時代が到来していると思っています。このような発表ができたのも、この会の主宰者が類い稀な包容力と整理力の持ち主である御蔭です」。私も同様に思います。

人は死ぬけれども死なない、ということは、裏を返せば「人は生まれる前から生きている」ということ。そう考えれば、赤ちゃんが生まれる前から意識と魂の部分で神様と対話し、生まれてから母親に胎内記憶を開示するのも自然なことかもしれません。

この世には不思議なことが沢山あります。そのことをただ気味悪がったり、語っている人を変人扱いする人もいますが、学問の世界で真剣に研究する人たちがいて、古い歴史の中での様々な思想を掘り下げ追究しながら人の生命の真理を問うていることに、私は敬意を抱きます。

それから、昨夜、横浜から姉夫婦が我が家にやって来てくれました。保育のプロである姉が息子の相手をしてくれて、ワイワイと賑やかに遊ぶのを眺めながら、義理の兄とワインを呑みながらたくさんの話をしました。

兄は長らく企業の人事部をはじめ、多くの人と接する仕事をビジネスの第一線で続けてきた人で、昔は会うと厳しい視線で見られているように感じてしまい、心のうちを見透かされているようで居心地が悪かったのでした(おにいさんすみません)。が、今は幅広い事柄について話せる相手として、会うのが愉しみな人になりました。やっとこさ、義兄の見識に微力ながら付いていけるようになったのでしょう。

義兄は月に二度、曹洞宗の寺に座禅に行き、僧侶と語らうことを愉しみにしているそうです。生活の中でも、色々と気付いたことを心にストックし、僧侶と会ったときに投げかけているそうです。

そんな義兄と共感し合えた(ように思った)話題は、「いかに自分のこだわりを捨てるか」というシンプルな事柄でした。その根源的な話を仏教初心者の私に分かりやすくしてくれたのですが、ひとつここに残しておきたいことは、コーヒーフレッシュの名前の由来となった「スジャータ」の乳粥の話です。

「釈迦は6年にわたる生死の境を行き来するような激しい苦行を続けたが、苦行のみでは悟りを得ることが出来ないと理解する。修行を中断し責めやつしすぎた身体を清めるためやっとの思いで付近のネーランジャラー川(尼連禅河)に沐浴をした。

釈迦はスジャータから与えられた乳がゆを食してネーランジャラー川に沐浴した。心身ともに回復した。釈迦は心落ち着かせて近隣の森の大きな菩提樹下に座し、叡智を極め悟りを得て仏教が成道した。(wikipediaより抜粋)」

仏道者は摂生すべし、という教えに背いてスジャータからの乳粥をもらったおかげで、釈迦は心身を回復させて悟りを開くに至った。そこには戒律への「こだわり」を捨てたからこそ得られたものがあったという示唆があるのですね。

酔っぱらいながらこんな話をすること自体、不真面目きわまりない気もします。が、いかに今よりも佳く生きるか、いかに人として一歩前に進むかというテーマで、義兄と語らえた時間は貴重でした。かたわらで明るく息子と過ごしてくれた姉にも感謝。とても良い夜でした。

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